増沢諒【政治は面白い!】

選挙ドットコム編集長/食べ物付き雑誌「食べる政治」代表。政治のわくわく感を伝えられたら嬉しいです。

世界に、「じぶん専用のトイレ」があるってすごいことだよ!

今週読んだ本の備忘録代わりに、エントリーを更新しようと思います。今日は坂口恭平の『独立国家のつくりかた』を読みました。

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

独立国家のつくりかた (講談社現代新書)

Amazonで見たところ、中古があまり安くなく、かつ、Kindle版が新品よりも100円安かったので、僕としては初めてのことだったのですが、Kindle版で購入しました。

 

坂口恭平氏とは


この坂口氏、東日本大震災とそれに続く福島原発事故の後、「原発・放射能に関する正しい情報を国民に提供しない政府はもはや政府ではく、今は無政府状態だ。政府がないのはまずいから、自分で政府を立ち上げよう!」と、「新政府」なるものを作り、を新政府初代内閣総理大臣」を自称する少々ぶっ飛んだお方なのですが…まぁこの本を読んだりTwitter@zhtsss)を見る限り、良い意味で非常に素直な人なのかなと思います。

Twitterでの発言、トークショーでの振舞い方、日々のライフスタイル、ちょっと調べて見たのですが、僕はこんな素直でアクティブな人、恥ずかしながら、けっこーかっこいいと思います。生活全てを活動に費やしている感じが、素敵ですね。

 

立ち振舞も、むちゃくちゃなところが目立つ坂口氏ですが、本文の中にも、「行動経済」や「匿名のシステム」、本来の意味とは異なる「レイヤー」という言葉等、坂口氏の作った造語は飛び交っています。

内容も、タイトルから想像すると「国家を作るためのマニュアル本」かと思いますが、坂口氏のこれまでの思想のメモがつらつら書き連ねられているものでした。

正直、論理的にもめちゃちゃで、章立ての整理もされていないのですが、読み手次第では、非常に良い本として映るのではないかと思いました。

 

坂口氏を代表するプロジェクトと言えばやはり、「0円ハウス」。

大学の卒論で、ホームレスの生活を研究し、自身の思想が固まるとともに、脚光を浴びるようになりました。

文中で書かれているところで、非常に共感というか、僕自身の生き方とも重なる部分があったので、引用します。

 

■以下、引用 


でも彼の家はとても小さい。とても人間の住む場所じゃないだろうと思えるくらい狭い。畳一枚より40センチ長いだけの空間。狭くて大変じゃないですかと聞くと、彼はこう言った。

「いや、この家は寝室にすぎないから」

僕は意味がわからなかった。すると、彼は説明を始めた。

晴れていれば、隣の隅田公園で本を読んだり、拾ってきた中学校の音楽の教科書を見ながらギターを弾いたりできる。トイレも水道も公園にあって使い放題。風呂は一週間に一度、近くの銭湯に行く。食事はスーパーマーケットの掃除をしたついでに肉や野菜をもらえる。だから、家は寝室ぐらいの大きさで十分だ――。

話を聞くたびに、僕の目から鱗が落ちていった。その後、ずっと僕が言語化していくことになる思考の萌芽がそこにはあった。

彼にとって、公園は居間とトイレと水場を兼ねたもの。図書館は本棚であり、スーパーは冷蔵庫みたいなもの。そして家が寝室。

それを僕は「一つ屋根の下の都市」と名付けた。

家が居住空間なのではなく、彼が毎日を過ごす都市空間のすべてが、彼の頭の中だけは大きな家なのだと。

同じモノを見ていても、視点の角度を変えるだけでまったく別の意味を持つようになる。彼の家、生活の仕方、都市の捉え方には無数のレイヤー(層)が存在していたのだ。


 

■ますざわの居住空間


おそらく、上記の引用が、この『独立国家のつくりかた』の中でも最も重要な節ではないかと思います。坂口氏の原体験と、それに基づく思想が出来上がった場面です。

居住空間については、僕も同じような考えを持っています。

簡単にこれまでの僕の居住空間を振り返ると、

      0-3歳:大きな団地

      4-9歳:学校の隣にあった社宅

 10-18歳:善光寺近くの下町

 19-20歳:一人暮らし@所沢

 22-23歳:風呂なしトイレ共同築60年の四畳半

 24歳-     :プライベート空間0の男5〜6人の共同生活

といった感じです。

この他には幼少期から、父親の影響で、テント、キャンピングトレーラー、キャンピングカーでの寝泊まりがあり、大学時代にはちょこちょこと、野宿生活期間がありました。最大で1ヶ月半野宿を続けたときは、家のベッドが柔らかすぎて、逆に寝れない!といった経験もありました。笑

 

坂口氏と重なる部分で言うと、幼少期を大きな団地で過ごした点でしょうね。

団地は、父親の会社の社宅で、団地全体の付き合いが多く、親同士子ども同士も非常に仲の良い環境でした。

ほとんど毎日、誰かの家に行き、そのままその友だちの家に泊まっていました。友だちの家といっても、自分の家の向かい、1階下の家といった程度なので、友だちの家で晩ごはんをご一緒し、僕の家で友だちとお風呂に入り、友だちの家で寝る…といったような曖昧なお泊りを繰り返していました。

10歳から引っ越して、一軒家に住むようになっても、門前町の地域柄、付き合いが非常に濃く、よく友だちの家や僕の家でお泊りをしていました。


 

とまぁ、非常に「プライベート空間」を意識しないで育ってきて、所沢での1年を除けば、ひとり暮らしの経験がほぼありません。

四畳半のときは、上の階に後輩が住んでいたし、それこそトイレに行くためには自分の家から出なければならず、パーソナルな空間の意識はあまりありませんでした。僕の家の鍵は、サークル部員に渡してあり、「第二部室」としていつでも使っていいことになっていましたし。

 

■ 自分用のトイレなんてすごい


いまの家も含め、プライベートな空間がほぼなく、気付けば自分もそれを望まなくなると、坂口氏が「一つ屋根の下の都市」と呼ぶような、居住空間の拡大と消失が起こります。

「自分の家って本当に必要?」「それって当たり前って思われてるけど、ちょっと視点をあげれば、必ずしも必要とはいえない」といったことを坂口氏は言っていますが、居住空間については僕も賛成です。

いまも固く思っていることですが、「ワンルームマンションのトイレ」ってすごい存在ですよね、だって、そのトイレって世界で唯一その部屋に住んでいる人専用なんですから!

この世のどこかに、自分専用のトイレがあるって…信じられません。

国会議事堂には、皇族専用のトイレがありますが、まぁ実際には1回も使われたことはないんですが、それと同じことですよ。すごいことです。

こんな感じで、そんなに料理しないから自分用のキッチンはいらないな、本は読みたいときに読めれば良いから本棚も共用でいいや、人に服着られるのはちょっとやだからクローゼットは自分用が欲しい、布団も寝たいときに寝たいから自分用が欲しい…と整理してみると、いまの僕に必要なスペースは、やっぱり3畳〜四畳半なんですね。

 

 

■坂口氏のセンスの良さ


別に居住空間に限らず、「当たり前のことを疑ってみる」ということは非常に大切なことですが、中でも居住に目を向けたのは、活動家、アーティストとしてのセンスがずば抜けていたとしか言いようがないと思います。

居住は衣食住のひとつですし、その中で最もお金がかかるものです。僕は学生時代から家計簿をつけていますが、どうがんばっても家賃が圧倒的に高い。

四畳半時代は、立地的に8万円が平均の早稲田の中で、3.2万でした。シェアハウスしているいまも同じくらいなのですが、それでも、項目で見ると圧倒的に高い。

さらに、居住空間はなんだかんだいって、過ごす時間が長い場所です。特に、欧米のように仕事帰りにバルに寄る文化がなくまっすぐ家に帰る日本人にとっては大事な場所です。

そこに切り込んだのは、さすがです…!