増沢諒【政治は面白い!】

選挙ドットコム編集長/食べ物付き雑誌「食べる政治」代表。政治のわくわく感を伝えられたら嬉しいです。

【なぜ、日本の若者は勉強しなくなったのか② -創造活動への疎さと消費活動の親しさ-】

f:id:mojamoja_megane:20121027161157p:plain

これまでのエントリー

■「なんで勉強しなくちゃいけないの?」憲法も想像していなかった、子どもの純粋な問いかけ

■日本の大学教育は【4倍水増し】されている

に引き続き、教育に関するエントリーです。

 

前回のエントリー

なぜ、日本の若者は勉強しなくなったのか①では、

【教育を市場原理で捉える、という間違い】が起こっているから という理由で説明しました。

今回は、なぜ教育を市場原理で捉えてしまうのか、ではどうすれば勉強する気になるのか、について前回同様内田樹の著書「下流志向」を参考に私なりの見解も踏まえ述べたいと思います。

下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)

下流志向〈学ばない子どもたち 働かない若者たち〉 (講談社文庫)

内田樹

幼少期から消費活動の主体としての快感に慣れているから」と

生産活動への参加が減ったから」と説明しています。

 

 


■消費主体としての快感

f:id:mojamoja_megane:20121027161842p:plain

「消費主体の快感」は「お客様は神様ですということです。

お金は平等な存在なので、お金を介した関係には、例えばどんな性格が悪い人も、ブサイクも、地位も国籍も問わず、平等にサービスを受ける権利があり、実際お金に相当するサービスが受けられます。まさにお客様は神様。

店員の対応にイライラしたら怒鳴っても良いのです。だってお金払ってるんだもん。

 

子どもが幼少期からお買い物をすることで(消費活動に慣れ親しむことで)、「自分が相手に対等(もしくは対等以上)だと思われる」ことは、「快感」です。

「快感」というとちょっと言い過ぎかなとも思うので、「ちゃんと相手にしてもらえる」という言葉程度に理解すれば良いと思います。

 

消費活動に慣れている子どもは、教育の場でも、自然に、全く悪意なく、自分を「買い手」で先生を「売り手」だと思い込みます。

「子どもが買い手のように振る舞う」ということは、自分が前回のエントリーでも書きましたが、「教育を受けている子ども自身が、あたかも教育の効果を全て理解し、購入するかどうかを判断する」ということです。

小学生に上がる程度の子どもも、大学生であっても、教育の価値は教育を受けるまでは判断できませんし、市場原理で教育を前回語れないのは述べた通りです。

 

これは数値が無いので本当かは分かりませんが、ひと通りなるほど、とは思います。

確かに、市場原理の中で生きている僕らは、教育を受けている期間(6歳〜22歳)は圧倒的に消費者の経験しか無いですし、

同世代と語るときに教育を投資&回収と思いがちなのは事実です。

 


■生産活動への参加が減った

f:id:mojamoja_megane:20121021151851p:plain

内田樹は、消費活動への慣れとあわせて生産活動への参加が減ったと述べています。

昔は、子どもは「家事のお手伝い」をしていたと。

お手伝いをすることは、自分にとってどのようなメリットがあるかは子どもには分かりませんが、お手伝いをすると「親や周りの大人に褒められる・認められる」。

これが「快感」でした。そして、これが教育と似ていて、義務教育も自分にとってのメリットは分からずとも、周りに認められるという意識で取り組んで来た、と。

さらに面白い説明として、家事お手伝いも、勉強宿題も英語では「ワーク」になります。

 

例が適切かは分かりませんが、消費に慣れ、生産に不慣れなのは事実だと思います。

そのため、自然と全ての事象へ消費者の目線で対応する、のは自然なことです。

ちなみに、これは教育のみならず「働くこと」も同じです。その説明は別の機会にしたいと思います。

 


■四の五の言わずに勉強しよう

f:id:mojamoja_megane:20121021223557p:plain

ここまでのエントリーをまとめると教育の価値なんて受けている側は分からないんだから、四の五の言わずに勉強しろよ!ということになります。

視点をさらに上げると「では教育を受けさせる側は、教育の価値を分かっているのか」という議論になります。

これまた難しい話です。

どのような教育によって・社会にどのような価値を生み出せるようになるのか。

その価値が本当に社会にとって良いものなのか…等、ここは議論を呼ぶ箇所なので、またの機会に考えることとしますが、僕は「教育は、社会に価値を生み出す人間になるためには、おそらく、よくわからないけどたぶんプラス」と信じていますので、教育を受ける立場にある人には「勉強しろ!」と言いたいです。

 


■試しに社会に価値を生み出してみろ!

f:id:mojamoja_megane:20121027163255j:plain

内田樹の主張も含め、圧倒的に僕らは生産側の経験・視点が足りない

教育を受けている人はほぼ0に等しいですし、若い人ほど少ないと思います。

そのため、例えばバイトであっても良いかもしれません、社会に価値を生み出す経験を重ねて欲しいと思います。

価値を生み出すことはお金を稼ぐことだけではありません。例えば、ボランティアをしてみても良いですし、サークル活動に取り組むのも、自主映画作ってニコ動に流すでも良いんです。自分自身ではない誰か(社会)を楽しませる・ハッピーにする・プラスにすることに慣れましょう。